母の死 グリーフケアのために書き綴る その13 バス停
母との想い出
今日も母のことを想い出す
母はよく話をしてくれた。悲しいことも嫌なことも正直に
もらい風呂
今日思い出したのは、小さいころ家に風呂がなくて「もらい風呂」に行っていたこと。
そこ家で私たち兄弟(男3人)が遊んで騒がしかったのだろう。
いろいろと嫌味を言われたようだ。
そんな時母が、悲し気に「もらい風呂って嫌だね」といって少し涙ぐんでいたこと。
そして、私に「ごめんね」と言ったこと。
小さかったが、私のことで何か言われたのだろうというのはわかった。
親になって分かったことだが、自分のことを言われるより、子どものことを言われるのがつらい。
だから、本当につらかったんだろうと思う。
その時の、悲しく悔しいかっただろうと思う表情をはっきりと思い出す。
バス停
二つ目は、まだ私が中学生だったころ、母の親戚のお見舞いに二人で行った時のこと。
お見舞いが終わると、もう20時過ぎていた。
遅くなってしまったので私が「タクシーで帰ろう」と言ったのだがお金が足りなかった。
「ごめん」と母が言った。
とりあえず、バス停に行って二人でお金を数えなおした。やはり、タクシーで帰るには少し足りなかった。ほんの少し。
それでバスで帰ることにした。二人で「お金って大切だね」と言いながら・・・。
バスが来るまでの30分いろんな話をした。楽しかった。
でも、お金がないということが寂しくもあった。
母との時間を大切にする
たわいもない、こんなことを想い出す。
その時は、悲しかったが今では懐かしい想い出だ。
こんな感じで、自分の中で整理され一つひとつ乗り越えていくのだろうか。
そうであればこの作業、大切なことなのだろうがつらいことでもある。
でも、母のことを想い出す時間を大切にしたいと思う。